熱帯林生態系の解明(1996年度~1998年度)

森林の人為的撹乱が昆虫群集の多様性に与える影響に関する研究


研究内容・成果

野生生物多様性と熱帯林の維持管理のための指標を探ることを目的として,動物と植物にみられる共生関係や,その基礎となる生物種の生態特性を把握するために以下の調査を行った。同時にこうした相互関係は林内の微環境によって大きく影響を受けることから,林冠空隙(ギャップ)の分布,経時変化及び,ギャップ形成と稚樹の更新,実生の生残率,熱帯林主要構成種の空間的な遺伝的な交流範囲,小中型哺乳動物の行動への影響を調査した。

パソ試験地の固定プロットの毎木データ及び林冠高のデータを分析した。天然林内における林冠ギャップ樹高15m以下をギャップと見なすと,ギャップ面積は95~97年の間では大きく変化しなかった。ギャップ面積は全体の8.7%に相当し(1997年),この値は95年の11.2%からこれは95年から97年の間に新たに4.0%の面積がギャップになったものの(生成速度=2.2%/年),6.5%の面積はギャップが修復したためである(修復速度=3.5%/年)。さらに95年から97年への林冠高の変化を 推移確率行列とし,この行列の固有ベクトルを求めることにより最終的な安定状態を計算したところ,現在の分布と大きく 変わらないことがわかった。また,ギャプのサイズによってその後の閉塞速度が異なり,森林全体でのギャップ面積の拡大と 縮小には,新規生成のギャップや,ギャップの消滅と同様に,既存のギャップの拡大と縮小の貢献が同程度に大きいことが 明らかになった。一方,空中写真を撮影したプロットの樹木センサスと林冠高のデータの解析から,ギャップのように林の 高さが低い場所では,背丈が高い林に比べて,稚樹の成長が非常に良いことが分かった。さらに林冠高は土壌,地形などに よって強く影響を受けることがわかった。

主要構成種であるフタバガキ科4種(Shorea macroptera, S.pauciflora, S.parvifolia, Dipterocarpus cornutus)を対象に, 実生の生存個体数の変動について,ギャップと閉鎖林冠下の環境において追跡した。また,植物の被食防御機能に関しては 実生の食害調査と野外実験を行い,実生の食害の影響,メカニズム,異なる光環境における相互作用の違いを検討した。 この結果,Shorea macropteraはギャップで,S.paucifloraとDipterocarpus cornutusは閉鎖林冠下における生存率が高い ことがわかつた。S.parvifoliaはギャップ側と閉鎖林冠下側で生存率に有意差はみられなかった。S.macropteraとS.parvifoliaの 実生は,ギャップと閉鎖林冠下共に親木からの距離によって有意な違いがみられ,「逃避仮説」を裏付けることが示唆された。 しかし,すべての対象種で共通した現象ではなく,実生の生存はその林床の環境に大きく影響されることがわかった。 また,S.macropteraでは,母樹から離れた個体ほどより成熟しており,一方で死亡率,葉の展葉速度は距離による有意な 差はみられなかったものの,落葉速度は母樹に近いほど高く,葉の獲得速度は母樹から離れるほど高かった。

植物の防御機能と動物による食害率との関係については,閉鎖林冠下と林冠ギャップにアブラヤシ果実を餌としておき, 自動撮影装置を用いて摂食に訪れる動物種を撮影した。この結果,林冠ギャップ内の林床では,閉鎖林冠下よりも餌の 消失速度が小さかった。林冠ギャップの中心部では,閉鎖林冠下と比較して,リス類の出現回数が大きく低下した。 林冠ギャップ内の下層植生は小型哺乳類の活動性に影響する-要因であることが確認された。昆虫相については林冠ギャップと 閉鎖林冠下に植栽した実生に発生したアリを除くすべての昆虫を,サンプルした。その結果,種の動態については明瞭な 季節変動があることがわかった。また,ギャップ下では,閉鎖林冠下比べ植食者及び捕食者とも個体数が多いことがわかった。 また,ギャップ内で存在が観察された実生のフェノール型タンニン含量は,採食圧の高い種では含量が高いこと, -斉結実しない樹種の含量は一斉結実した樹種に比べ高いこと,などが明らかになった。

林冠構成種の遺伝的な交流に動物がどう関与するかを明らかにするためにマイクロサテライト多型を用いて, 林冠構成種であるN.heimiiがどのような範囲で交配しているのかを調査した。この結果,実生の花粉親候補は約70%は 調査区内に,25%は調査区外にあることがわかり,訪花昆虫の役割が重要であることが示唆された。

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