熱帯林生態系の解明(1996年度~1998年度)
熱帯林の択伐施業が森林棲無脊椎動物の種多様性に与える中・長期的な影響を評価するため,択伐後相当な年数 (30年以上)を経過した二次林の動物相を自然林と比較し,択伐による影響から容易に回復する動物群と回復困難な 動物群を明らかにすることを目的とした。今年度も,マレー半島低地の自然林と択伐二次林に調査区を設定し, 森林昆虫および土壌動物の比較調査を継続した。
マレーズトラップによる調査ではワモンチョウ亜科の3種とタテハチョウ亜科のD.evelinaは二次林区ではまったく 捕獲されなかった。発酵果実トラップによる誘引調査では,自然林では調査区間の種構成が異なっていたのに対して, 二次林の調査区間ではよく類似していた。択伐二次林だけで捕獲された種がわずか3種であったのに対して, 自然林だけでしか捕獲されなかった種は9種に達した。
総種数の約40%が自然林だけで捕獲されたこと,択伐二次林だけで捕獲された種は少なく,しかもそのいくつかは 比較的摸乱された環境を好む種であったことから,択伐施業後30年程度経過しても二次林のチョウ相は完全には回復せず, 二次林のもつ種多様性保持機能は限定的であると考えられた。その原因として二次林では大径木が少ないために 林冠ギャップの形成頻度が少なく,林冠ギャップ下に発達する下層植生が貧弱であることによると考えられ, 択伐施業の際にできるだけ多くの大径木を残して後年のギャップ形成を保証するほか,いったん林冠が閉鎖した二次林では 適切な切り捨て伐を行って一定の割合の林冠ギャップを確保するなどの森林管理が必要と考えられた。
コアーから林縁にかけての広域調査では,Dasyvalgus属は原生林では二次林に対して有意に個体数が多かったが, Mecinonota属は逆の傾向になった。隣接した原生林と二次林の比較ではハナムグリ類のうちDasyvalgus属の個体数は ある組み合わせでは自然林の方が有意に多かったが,他の地点では逆に択伐二次林の方が多いという傾向がみられた。 ただし,後者では調査年度が異なり,捕獲個体数が少なかった。調査期間中に3属10種のハナムグリ類が捕獲され, 種類数でみるといずれも択伐二次林の方が多い傾向がみられた。倒木などの枯死材に依存している訪花性甲虫類は 倒木量の減少によりその個体数を減少させている可能性があることがわかった。訪花性甲虫類は主に枯死した材を食べている。 そのため,択伐に伴う倒木量やギャップの減少など二次林化の影響を強く受ける可能性がある。また,熱帯林の中で ポリネ一タとしてあるいは分解者として重要な位置を占めている。その中でもコガネムシ類は比較的同定が容易であり, 比較調査をする対象として適当である。そこで,原生林と2次林において花の匂い成分を用いた誘因トラップを樹冠部に つりさげて,訪花性コガネムシ類の捕獲調査を試みた。
訪花性ハナバチ類は,熱帯林のポリネ一タとして重要であるが,その群集構造は一斉開花に大きく左右されることが考えられる。 そこで,マレーシア森林研究所パソ試験地で誘因トラップを設置し,ハナバチ類の季節変動及び高さ別の群集構造を調査した。
土壌動物のうち主要な動物群について個体数を比較すると,ササラダニ類はゴム園で密度が低いほかはほとんど差がなく, トビムシ類では自然林と択伐二次林で多く皆伐跡地,ヤシ園,ゴム園で少なかった。カニムシ類とヤイトムシ類は皆伐地, ゴム園,ヤシ園などで密度が低かった。ほかの動物群では個体数に有意な違いは認められなかった。ササラダニ類は全体で 81種おり,種数では原生林,択伐林は変わらず,皆伐地でやや減少しヤシ園やゴム園では少なかった。個体数では差がなくても 多様度はやや異なっていた。種類構成の類似度をみると,ヤシ園は自然林や択伐二次林と種構成がかなり異なっているのに対して, ゴム園は個体数は少ないものの種構成では原生林や択伐二次林に近いことがわかった。主要な動物群では,択伐後30年でほぼ 回復していたといえる。ゴム園やヤシ園も熱帯林の土壌動物多様性の維持に重要な働きをしており,特にゴム園は原生林や 二次林をある程度補完できることが示唆された。