熱帯林生態系の解明(1996年度~1998年度)

熱帯林における哺乳類及び鳥類の群集構造と多様性の維持機構に関する研究


研究内容・成果

 哺乳類の調査はマレーシア森林研究所が管理するパソ保護林とその周辺地域で実施した。 パソ自然林内の結実状況を調査し,種子を落下させていた樹種については自動撮影装置を設置し, 種子の捕食や散布に関与した動物種を記録し続けてきた。これまでに130種以上の樹種について約1.6万枚の 写真映像が蓄積された。これまでに35種の哺乳類が記録された。このうち,ブタオザル,ヤマアラシ(2種), オナガコミミネズミ,ジリス,マメジカが出現頻度の80%以上を占める主要種であることが確認された。 なかでもコミミネズミは種子の貯食行動を行うことが確認され,種子の分散者として重要な働きをしていると 考えられた。哺乳類が採食した樹種,採食パターンのデータから類型化すると,ブタオザルやイノシシを 中心としたジェネラリスト,ヤマアラシなどのニブラー,ネズミを中心とした準ジェネラリスト,その他の4つの グループが識別された。これが低地熱帯自然林において落下種子に関与する基本グループであることがわかった。

 自然林内とその林縁,および択伐後30~40年を経過した二次林,パソ周辺の残存林,オイルパーム林など6ケ所に レーズン,ビスケット,キャットペレットを餌とした人工餌場を設置し,そこに出現する哺乳類の種組成を自動撮影装置に よって記録した。これまでに200本以上のフイルムが得られ,14種の哺乳類が記録された。記録された種数及び出現頻度は, 調査地点で大きく異なることがわかった。両指標とも自然林が最大,二次林が次で,両地域とも4つの基本グループの生息が 確認された。最小はオイルパームで,次が残存林で,オイルパームでは基本グループが生息せず,残存林ではジェネラリスト のみであった。また,林縁ではマングースの頻度が高いことが注目された。

 択伐後約40年を経た二次林とそれに近接した自然林及び低湿地という遷移段階と生息環境が異なるハビタットにおいて, 捕獲法により小型哺乳類群集の環境選好性を調査した。ハビタットの環境要因は,一次林と比較して,二次林では果実生産量が 小さく,結実種の多様性が低い傾向が認められた。また二次林は,単純な林冠構造,疎らな低層部の植生,林冠ギャップと林床に おける倒木の密度が小さいという特徴を持ち,垂直・水平方向ともに環境の多様性が極めて低かった。低湿地は,樹冠の高さが 低く,林冠の階層構造は単純であったが,果実生産量とその多様性は一次林と二次林の間に位置していた。

 小型哺乳類はハビタット選好性により四つのグループに類別された。第一のグループは自然林を選好する種群で, 解析の対象となった13種のうち,コモンツパイ,ハイガシラリス,バナナリス,ミスジヤシリス,ハナナガリス, チビオスンダリス,チャイロスンダトゲネズミ,およびホワイトヘッドスンダトゲネズミの計8種を含んでいた。 この種群は,解析の対象となった小型哺乳類のうち昼行性の6種全てを含んでいた。ツパイ類およびリス類は, 半樹上性の種が多く,樹上または倒木中に営巣すること,果実食性または昆虫食性が強いことなどから,自然林の複雑な ハビタット構造と豊かな餌資源が高い環境収容力を提供していると推察された。第二のグループはオナガコミミネズミと アカスンダトゲネズミからなる二次林を選好する種群であった。これらのネズミ類は,地下に坑道をつくり営巣するので, 営巣のための資源として林床の倒木等に依存することがないと考えられる。第三のグループは,比較的大型の種である ジムヌラとネズミヤマアラシからなる低湿地を選好する種群であった。ジムヌラは,水生動物を餌とすることが報告されており, ハビタット選好性と食性との関係が示唆された。第四のグループはマレークマネズミ1種を含むハビタット選好性を示さない 種群であった。これは,個体がホームレンジを持たないという本種の社会システムと関係していると推察された。

 以上のことから,半島マレーシア低地熱帯林の小型哺乳類は種ごとに異なった環境選好性をもち,ハビタットの環境要因が 小型哺乳類のそれぞれの種の個体群密度を規定していることが明らかとなった。自然次林は環境要因の空間的異質性が最も高く, 餌資源は豊富であり,小型哺乳類の多様性が最も高い。一方,二次林は択伐後40年を経過しているにもかかわらず, 空間的異質性は十分に回復しておらず,餌資源は乏しく,小型哺乳類の多様性は-次林よりも低い。このことは伐採後40年を 経てもなお森林が伐採の影響から脱していないことを意味している。とくに二次林においてはリス類相が貧弱であり, 種子散布の効率が落ちている可能性がある。林床における種多様性の低下が熱帯林の森林生態系に与える影響も大きいと 考えられる。

 熱帯林の孤立化による周縁効果の影響を評価するために,パソ森林保護区の周縁域と中心部,及びオイルパーム林において かすみ網を使った鳥類群集の調査と人工巣による捕食実験を行った。保護区の中心部では1992年以来,6年間にわたって 3,356日・網,周縁部では1996年度以来,963日・網,参考のオイルパーム林では14日・網のそれぞれ標識再捕調査を行った。 捕獲した個体は各部位を計測後,個体識別用のアルミ足輪を装着し,放鳥した。また,周縁効果を検出するために, 地上と樹上1.5mを1組として10箇所に合計20個の人工巣を設置し,巣の中にウズラの卵2個を放置して,卵の捕食経過を 4~5日間調べた。

 パソ森林保護区の中心部では,現在までに845個体,74種が捕獲されたのに対して,周縁域では,323個体,39種類が捕獲されたに すぎない。相対的な鳥類の生息密度を表すと考えられる捕獲効率は,中心部で0.31-0.38個体/日/網であるのに対して, 周縁部では0.36個体/目/網であり,有意差は認められなかった。両調査地の生息種類数は,中心部では81種類,周縁部では39種類と推定された。 群集多様度は保護区の中心部のほうが周縁部より高い傾向がみられた。「中心部から周辺部にいくにしたがい, 地上性昆虫食のチメドリ類が減少し,花蜜食・果実昆虫食者のタイヨウチョウやヒヨドリ類が鳥類群集中に占める割合が増加し, 鳥類群集の組成が変化した。

 人工巣を用いた捕食実験の結果,地上に設置した人工巣で樹上に設置したものより早く卵が消失した。また,林縁の地上巣では 5日以内にほとんどすべてが捕食されたのに対して,中心部では5日後でも半分以上の地上巣で卵が残った。卵の消失速度が, 周縁部で一番速く,保護区の中心部に向かって遅くなった。捕食による周縁効果によって地上性昆虫食鳥類が減少し, 鳥類群集構造が変化したと考えられた。自動撮影装置で確認されたおもな捕食者は中心部では主にブタオザル,ツパイ,オナガコミミネズミ,ジリス,イノシシ,ジムヌラ,マングースなど多くの種が確認されたが,周縁部ではブタオザル, チビオマングース,コモンツパイの3種類が確認された。

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